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紀野陽子ホメオパス(ホメオパシーセンター東京本部)
潰瘍性大腸炎を乗り越え、ホメオパスとして活動できるまでに至った体験談

紀野陽子ホメオパスの体験談 【CHhom卒業式答辞から】

私がホメオパシーに出会ったのは、今から九年前のことです。

私は潰瘍性大腸炎を患っていて、専門の病院で西洋医学の治療を受けていました。原因不明の難病なので治らない。薬も効くかどうか分からないというのが、現代医学のスタンスでした。だんだんと不信感が増していきました。ステロイドを使わないといけなくなった時点で、自分で病気を治すことを決意しました。

大学時代の親友から、ホメオパシーという療法があることを聞きました。そして次の日に行った病院の先生から、日本にホメオパシーを持ってきた由井寅子さんは、あなたと同じ潰瘍性大腸炎で、ホメオパシーで治ったんだよ」と『 ホメオパシーin Japan 』の本を、私に見せてくれました。その病院の先生から資料を頂いた事がご縁で、由井先生の相談会を受け始めました。

紀野陽子ホメオパスの体験談 ところが、私はすぐには治りませんでした。毎日トイレに行っては下血を見て、悲しくなりました。寝たきりになり、トイレに行くにも、ほふく前進か両手に杖を突かないと歩けない、家の中の移動に何時間もかけていました。何も食べられず、寝たきりで動けず、体中が痛くなり、寝返りをうつのも大変、トイレに行くのも大変、そういう状況が数カ月続きました。

どうしてこんな状況にまでなってしまったんだろう、何がいけなかったんだろう、これ以上ないくらい悪化して追い込まれ、先が全く見えません。私は今、生きてるのか? 息はしてるけど、他には何もできない。とても深い海の底に沈んで、横たわっている感覚。望むものはすべてとられ … 無くなった。さすがにもう駄目だ。もう自分の力ではどうにもできない… 。そんな時でも、私の治る道はホメオパシーでしかないという、揺るぎ無い自信だけがあったのです。

そして、自分でがんばることができなくなった時、それまでの執着を手離し、大いなるものに全てを委ねました。「私は今までこの病気を治そうとできる限りのことをやってきましたが、できませんでした。 がんばることをやめます。死んでしまってもかまいません。すべてをあなたに委ねます。死を受け入れます。でも、もし生かしてもらえるとしたら、私は自分を大切に、尊重し、ほんとに自分のしたいことに焦点を当てて生きていきます」と、大いなるものと対話をしました。そして、自分自身と真正面から向き合い、真剣に内観し続けたのです。

紀野陽子ホメオパスの体験談 すると、微熱しか出せなかった体が、なんと高熱を出し、その次の週にも高熱を出し、少しずつ体調が回復していったのです。どうにか動けるようになり、杖をついて由井先生の相談会に行くことができました。「先生、高熱が出ました!」と言うと、先生は「そうか出たか! おめでとう!」と拍手してくださいました。やっとここまで来れた …… 。

私の心の支えは、ホメオパシーと由井先生の存在でした。それからだんだん体調は回復していきました。何年も数種類の物しか食べられなかったのを、一つひとつ克服し、今日はお茶が飲めるようになった。今日は生野菜が食べられた。今日はお天気だから10分だけ外に行ってみたい、体中がリウマチのように歩くだけでも痛かったのでほんとに少しずつ。電車に乗れるようになり、人中にも少しずつ慣れていき、「生まれたばかりの赤ちゃんてこんな感じなのかな」と、一つひとつ喜びと共にできる事が増えていきました。そして、どんな小さなことでも感動して「ありがたいな」と涙が出てきます。

紀野陽子ホメオパスの体験談 元気になると共に、どうしてもホメオパシーの学校に通いたくなりました。まずは仕事を始めてお金を貯め、今までの貯金と、足りない分は親に相談し、どうにか通えるようになりました。 その時は有難くて、有難くて泣き腫らしました。「私はここに来たかったんだ。学校に通いたかったんだ。」ここまでの道のりはすごく大変だったけれど、私の「ホメオパシーに対する想い」「勉強できる事への感謝の気持ち」「どうしてもホメオパスになりたい」と、強い思いを認識しました。

学校に通い始めた頃は体調も万全ではなく、やっとの思いでしたが喜びの方が強く、どうにか四年間通うことができました。学校生活はほんとに楽しかったです。「何がいいとか悪いとかはない。ありのままで素晴らしい。生を受けているだけで完全なのだから、何も恐れることはない。等身大の自分でいる。こだわらない。」このように思うようになって、とても生きやすくなりました。

紀野陽子ホメオパスの体験談 私たち三期生は、どんな話でもすることができて、気さくで楽しい方ばかり。社会一般の「この世的価値観」ではなく、「霊的価値観」で話すことができるので、私にとって、とても有難い存在です。そして私たちは、この四年間でさまざまな変化を遂げ、ほんとの自分を生きようとしています。同じ学び舎 ― CHhom ― で共に過ごした四年間を宝物とし、それぞれの我が道を進んでまいります。ほんとにありがとうございました。

私の心の奥にはホメオパシーで治るという、なぜだか分からない強い思いの光が灯っていました。これは私個人の人生の道へと導いてくれる体験であり、誰しもに当てはまるものではないと思っております。自分がどうすべきかということは、自分自身に向き合い、内観し、決めていかれることを願います。

とらこ先生 潰瘍性大腸炎体験談【簡易版】
感情の吐き出しとともに、体はドンドン癒されていたのです

とらこ先生の体験談 私は33歳の時に潰瘍性大腸炎という病気を患い、それから三年間、下血はひどいときで一日15回ほどありました。腸壁が破れ、血が吹き出るのです。外出してもすぐにトイレに行きたくなり、下血と便が混ざって出てきます。腸壁の潰瘍ですから常にお腹に疝痛があり、とても苦しいものでした。(中略)

私が、ホメオパシーと出会ったのは、潰瘍性大腸炎を患い2年目の年でした。その頃の私は、どうしても治らない病気のために、心はすっかり暗くなり、陰鬱な日々を送っていて、人生に対して大変ネガティブになっていました。なぜ私だけが病気になるのか、なぜ私だけが苦しむのか、人生は不公平であり、私の人生は何と苦難ばかりであったかと哀れんでいるときでした。(中略)

いよいよ、潰瘍の腸を切って、人工肛門をつけるしかないというときに、夢で「同種のホメオパシー治療がいい」と教えられました。(中略)

ホメオパスのところへ行き、私に与えられた一時間、ありとあらゆることを聞かれました。一見、病気には関係ないようなことや恥ずかしくて言えないことも聞かれ、自分が丸裸にされたようでした。(中略)

家に帰ってから、せっかくお金を払ったのだから四粒の砂糖玉を捨てるのももったいないと思い、期待しないまま指示通り、一日一粒、四日間のみました。そしたら五日目の朝に、どういうわけか、ベッドから立ち上がれません。腰が抜けたような感じで、二つ折れになったままなのです。節々が痛く、微熱もあります。トイレに這うようにして行き、またベッドに戻り、節々の痛さに耐えていました。(中略)

この痛みは、26歳のときにかかったインフルエンザのときの痛みと全く同じものであることが自然と思い出されました。そう言えば、26才の頃、体調が悪かったのですが、仕事を休むことができなくて、抗生物質を打ちながら、やり抜いたことを思い出していました。そのときの症状が戻ってきたのです。翌日、痛みは少し減ってきたもののまだ腰が曲がったままです。熱と汗がたくさん出ました。(中略)

それから一週間ほど経過した頃、腹が立って、腹が立って、何かにつけ、何かをぶち壊したいという思いがわき上がってきました。私が以前に抱いていた憤り、それらがドーッと押し寄せてきたのです。(中略)

私が心にとらわれていて、体の変化に気づかなかったのですが、感情の吐き出しとともに、体はドンドン癒されていたのです。怒りが鎮まる頃に、何とも言えない悲しみ、生きることへの絶望的な悲しみが、私を襲いました。生きること、または生かされることへの悲しみと言っていいのでしょうか?肉体をもった人としてつらい人生を生きることへの苦しみです。もう大声で泣くのではなく、ひたすらさめざめと、シクシクと泣くのです。私の子どもの頃のトラウマで、置き去りにされているインナーチャイルドが泣いているようでした。泣いて、わめいてを一週間ほど続けた頃に、ふと血便が出ていないことに気が付きました。まだ柔らかかったものの、普通の便に戻っていました。(中略)

潰瘍性大腸炎は、一ヶ月足らずで完治しました。ホメオパスとの1ヶ月に1回のアポイントで、全てを話しました。彼(ホメオパス)は、全てを知っていたかのように、終始ニコニコ笑っているばかりいました。(中略)

原文
http://jphma.org/About_homoe/media_interhomeo.html

男性 30代 千葉県
潰瘍性大腸炎。2か月ほどの立つと、便が固まりはじめ、その後は完全に下血も収まり、それからすでに6カ月以上たっていますが、再燃する気配は今のところありません。まさに魔法にかかったような体験でした。

千葉県男性の体験談 軽い下血があり、たまになる痔とは少し違うなと思い病院へ行きました。大腸を内視鏡で視てもらうと、潰瘍があり、潰瘍性大腸炎と診断されました。

担当医からは、ごく軽い症状だから薬を飲んでいれば、特に食餌制限をする必要もなく治るよ、と言われました。潰瘍性大腸炎とはいわゆる難病で現在の医療では完治が困難な病気であるため、国が特定疾患として認定し医療費の補助が受けられます。しかし、当時は海外在住でしたので、国からの特定疾患補助もうけられず、毎月高額な薬代と送料を払い続けなければなりませんでした。処方されたペンタサという薬を真面目に飲み続けていたのですが、症状は悪化の一途をたどり、最終的には毎日何回も行くトイレでは、ほとんど水溶性の血便で、粗相をしてしまうほどになりました。日本の医師に相談し、ペンタサ注腸という肛門から大腸に直接注入するタイプを送ってもらい試しましたが、ほとんど効果がなく、困り果てていました。次に帰国した時は確実にステロイドを使われるなと恐怖を覚え、インターネットなどで漢方等の代替治療を調べ始め、ホメオパシーについても知りました。

妻から近所にホメオパスが住んでいると聞き、藁をもつかむ気持ちで相談すると、1時間ほどの面接の後レメディーを処方していただきました。2か月ほどが立つと、便が固まりはじめ(下痢以外の便をしたのは1年ぶりくらいでした!)、その後は完全に下血も収まり、ペンタサなどの薬も一切とらずにレメディーだけで生活しております。それからすでに6カ月以上たっていますが、再燃する気配は今のところありません。まさに魔法にかかったような体験でした。この感激を是非この病気で苦しんでいる方にも伝えたいと思い、インターネットで潰瘍性大腸炎の患者たちのHPに投稿しましたが、ほとんど反応がなく、日本でのホメオパシーの認知はまだまだ低いのかなと思いました。ホメオパシーの普及を心より応援します。

女性 40代 佐賀県 ホメオパシースクール学生

潰瘍性大腸炎が発見されて2年になります。相談会にかかったり、RHA(=CHhom)に入学して自分でレメディーを摂ったり。好転反応もいろいろでましたが、先日2年ぶりに大腸検査を受けたところ、病変はなくなりピカピカの大腸になっていました。「すごい!」の一言です。

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◆慢性病におけるホメオパシーの治療法は
CHhomプロフェッショナル・ ホメオパス養成コース(4年生) にて
教育、育成を行っております。
通学コースは、4月開講。eラーニングコースは、6月開講です。

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※ホメオパシーは、現代医学による医療行為を否定したり、遠ざけるものではありません。 異変を感じた場合には、専門機関へご相談ください。

※体験談は個人の感想であり、すべての方が同様の体験をすることをご説明しているものではありません。


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