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高田乃梨子ホメオパス

  • RAH 4期生

RAH入学のきっかけ

ガンを患った経験から、自分で健康を取り戻す方法を模索するうちにホメオパシーを知りました。書店で本を立ち読みしていて、巻末で日本にも学校があることを知り、その場で「ここに入ろう」と思いました。周囲にホメオパシーを知っている人はおらず、実際に自分で試す機会もなかったので、入学するまでレメディーを摂ったこともありませんでしたが、「自分が捜していたのはこれだ」という直感に導かれたように思います。

ドグマに囚われず、よいメソッドは何でも取り入れるという画期的な校風

ドグマに囚われず、よいメソッドは何でも取り入れるというRAHの校風は画期的で、海外講師の方々のすばらしい講義が聞けたことも有意義でした。由井先生の、知識と経験を全て学生に伝えようというエネルギーを感じて、スクーリングの日はいつも気分が高揚していた事を思い出します。

由井先生は、世界的に高名なホメオパスになられても、真理を求め続けて鍛錬を惜しまない、勉強熱心な方です。この師の元で卒業後も学び続けることの大切さを実感しています。

周りの方々や先輩に教えられ、育てていただいたと思います

2003年7月にホメオパスとしてセンターを開業する時、岐阜にはホメオパシーを知っている人がほとんどいないだろうから、当分はのんびりできると思っていました。大阪本部でも相談会を担当することになっていたのですが、1時間でレメディーを選択する自信がなかったので、じっくり勉強したかったのです。

ところが「岐阜にセンターができるのを待っていました」と電話が掛かってきたのでびっくりしました。由井先生の講演会を東京まで聞きに行って感動された方が、お子さんが通っている幼稚園のお母さん方にホメオパシーを広めてくださっていたのです。福岡の古園井先生を招いて講習会や相談会を何度かしたので、周りにキットを持っている方がずいぶんいるとのことでした。 そして開業して1ヶ月経った頃、古園井先生が岐阜で講習会をされた際に、新人ホメオパスとして私を紹介して下さいました。お陰様で、商品の注文や電話での問い合わせ、相談会の予約も入るようになりました。

実は子供を産み育てた経験がない私は、「小児科」が一番苦手でした。子供が発熱した、咳が止まらない・・・という電話がどんどんかかるようになり、内心ドキドキしながらキッズ・トラウマのガイドブックを捲って適合するレメディーをお勧めするという繰り返しで、ずいぶん鍛えられました。

また、あるお母さんから「家の子が中耳炎になって泣き叫んだら、Hep.とSil.をあげるの。そうすると寝ている間に膿が出て翌朝には治っているのよ」という体験談を聞けば、中耳炎の相談に来られたお母さんに「Hep.とSil.がいいですよ」と伝えたりしました。そうやって、周りの方々や先輩に教えられ、育てていただいたと思います。こうした恵まれた状況でホメオパスとして活動を続けてこられ、広めて下さった方々、古園井先生、信頼して相談してくださった方々にとても感謝しています。そしてホメオパシーを愛好している方達はみんな家族のように感じています。

「病んだ人の気持ちが解かる」

相談に来られた方が自分の力で問題を解決され、笑顔で「よくなりました」と報告してくださる時などは、本当に嬉しく思います。また、アドバイスをしたお客様が「キットを使って病気の対処ができるので、今では子供を病院に連れて行くこともなくなりました」と言ってくださる時も、セルフケアのお手伝いができてよかったと思います。

アトピーや病気を克服した自分の体験が、ホメオパスとして相談者を理解することに役立ち、「病んだ人の気持ちが解かる」というプラス要素に変換した事もラッキーだと思っています。

後輩への一言

ホメオパシーという山は壮大で深遠です。自分の力でコツコツと登るしかないのですが、CHhomで学ぶことの中から、あなた自身のルートを見つけてください。